「JR木次(きすき)線」のトロッコ列車・奥出雲おろち号は、山肌を縫うように中国山地へ分け入る絶景列車。

2021年4月26日出雲のスポット

開業100年を経て、いまなお変わらない景観を行く鉄路

JR木次線は、島根県松江市の「宍道(しんじ)駅」と広島県庄原市の「備後落合(びんごおちあい)駅」を結ぶ全長81.9kmの鉄道です。

宍道湖岸の宍道駅から、里を走り、山肌を縫って、中国山地の終着駅まで、18駅でつないでいます。

途中、神話ゆかりの地、たたら製鉄に関わりのある土地、映画「砂の器」のロケ地、西日本一の高所駅などを経由します。

息をのむ景観を車窓に映しながら、哀愁を乗せて走る数少ない鉄道です。

木次線とたたら製鉄

最初に、少しだけ木次線の歴史についてお話ししましょう。

木次線は1916年(大正5年)に宍道駅と木次駅間で開業しました。

山陰と山陽を鉄道で結ぼうとする遠大な計画が進められ、当初は簸上(ひかみ)鉄道と呼ばれる約21kmの鉄道でした。

その後国鉄に買収され、1937年(昭和12年)に現在の終着駅である備後落合駅までが開通したのです。

当初の社長は、絲原武太郎。

江戸時代に、松江藩の鉄師御三家の一つとして財を成したたたら製鉄の絲原家13代当主です。

地方銀行の頭取なども務めた名士なればこそ、鉄道という大事業を成すことができたと言われています。

木次線の計画と発展には、間接的ではありますが、たたら製鉄が関係しているのです。

観光客は要注意!列車の数は1日10本ほど

宍道駅始発で備後落合方面へ向かう列車は、平日で1日10本程度。

途中の木次駅発の列車もありますが、観光で途中下車する際には、十分に注意が必要です。

効率よく観光地を回ってくる旅の計画を立てる方には、あまり向いていない交通手段かもしれません。

でも、旅の醍醐味を、数多く巡ることとせず、ゆっくりのんびり派の方には、またとない旅の足としておすすめします。

春の新緑、秋の紅葉を楽しむ・トロッコ列車・奥出雲おろち号

木次線の観光の目玉として実施しているのが、トロッコ列車の「奥出雲おろち号」です。

春と秋の観光ハイシーズンに合わせて、木次駅と備後落合駅間の60.8kmを運行しています。

窓がないトロッコ列車なので、奥出雲の自然の息吹、山の大気を、直接五感で受けとめることができます。

さらに、木次線ならではのスイッチバックの体験も貴重です。

開放的なトロッコ列車に乗り合わせた方々の間では、ごく自然に交流も生まれてきます。

全席指定なので、春の新緑、秋の紅葉時期には、列車の予約がむずかしくなるほど混むことがあります。

駅ごとに歴史あり、物語あり、うまいものあり…

木次線18駅は、地域ごとに異なる歴史、取り巻く環境、食べ物や駅周辺の雰囲気の違いなど、個性ゆたかです。

車窓に目を奪われがちですが、一駅か二駅、下車してみると、旅に奥深さが生まれます。

途中下車の際には、次発の列車の時刻をしっかりと把握しておくことを、どうぞお忘れなく。

ヤマタノオロチの神話が彩る「木次駅」

スサノオが退治したヤマタノオロチの八つの頭を埋めたところ、と伝えられているのが「八本杉」が、駅から徒歩15分のところで見られます。

スサノオが流れてくる箸を見つけたのが「八岐大蛇(やまたのおろち)公園」。

上流に人が住むことを知った場所で、“箸拾いの碑”が建っています。

かつて木次線を走り続けた蒸気機関車C56108号が、木次体育館脇に保存されています。

鉄道ファンならずとも足を運びたくなる機関車です。

いずれも、駅から徒歩15分程度のところにあります。

駅長そばと“砂の器”で知られる撮影地「亀嵩駅」

抱きしめたくなるほどノスタルジックな【木次線亀嵩駅舎外観】
抱きしめたくなるほどノスタルジックな【木次線亀嵩駅舎外観】
【駅舎のそば屋さん】たくさんの色紙も見られる木次線亀嵩駅のそば屋さん
【駅舎のそば屋さん】たくさんの色紙も見られる木次線亀嵩駅のそば屋さん

改札を出ると、不思議な光景が待ち受けているのが亀嵩駅です。

駅舎でありながら、お店のようでもある駅舎です。

それもそのはず、駅舎がそば店を兼ねています。

駅長さんご自身による手打ちそばなので、“駅長そば”とも呼ばれます。

亀嵩駅で出雲そばを食べたいと思ったら「割子(わりご)そば」と注文してください。

映画「砂の器」記念碑
【砂の器記念碑】亀嵩は松本清張原作の「砂の器」のロケ地となった

亀嵩駅でもう一つ忘れてはならないのが、映画「砂の器」の重要なロケ地だということです。

松本清張原作の「砂の器」は、殺人事件の重要な手がかりとしてズーズー弁が関与します。

そのズーズー弁が残る地域として注目されたのが、奥出雲地方なのです。

映画の記念に、湯立神社の参道入り口に、松本清張直筆の「砂の器記念碑」が建てられています。

全国でも珍しい神社風駅舎「出雲横田駅」

【社殿造りの木次線出雲横田駅】大きなしめ縄が架かった駅舎は珍しい
【社殿造りの木次線出雲横田駅】大きなしめ縄が架かった駅舎は珍しい

思わず、かしわ手を打ってお参りしたくなるような、大きなしめ縄が架かった社殿造りの駅舎です。

【稲田姫像】スサノオが守ったと神話が伝える稲田姫
【稲田姫像】スサノオが守ったと神話が伝える稲田姫

駅横には、スサノオがヤマタノオロチから守った、とされる稲田姫像が建っています。

駅舎の東側にあるのが「雲州そろばん伝統産業会館」です。

国の伝統工芸品に指定されるそろばんの名品ほか、世界のそろばんも展示されています。

三段式スイッチバックのある「出雲坂根駅」

2010年(平成22年)に駅舎が新しくなりました。

次駅の三井野原との標高差167mを昇るために、JR西日本で唯一の三段式スイッチバックがあります。

また、駅構内に水量ゆたかな「延命水」と呼ばれる天然水が湧出していて、ペットボトルなどで持ち帰ることができます。

西日本一標高の高い三井野原(みいのはら)駅

島根県内最後の駅となるのが「三井野原駅」です。

島根・広島・鳥取の3県にまたがる三国山の北斜面、仁多郡奥出雲町八川が駅の所在地となります。

JR西日本の駅のなかでいちばん標高の高い727m地点にあります。

冬には雪が多く降るところで、駅のすぐ近くに三井野原スキー場が開設されます。

廃止の危機?!がんばれ!木次線

【木次線車内】平日の午前中、木次線の車内風景
【木次線車内】平日の午前中、木次線の車内風景

三江線という鉄道が、2018年(平成30年)3月に惜しまれながら廃止されました。

広島県三次市と島根県江津市を結んでいた全長約100kmのJRの鉄道です。

少ない乗客、少ない列車本数、遅い列車速度。

木次線もまた同じような危うい状況にあるという気がします。

生き残りが心配される鉄道として、鉄道マニアならずとも心おだやかならぬ事態です。

沿線の観光、シーズンごとのイベントなど、地元でも協議会を立ち上げてさまざまな活動を進めています。

絶景の鉄路・木次線、がんばれ!